【こんなことはありませんか?】
・運動後、疲れやすい。前よりも歩きたがらなくなった。昇り降りを嫌がるようになった。
・呼吸が速くなった。咳をする(特に夜から明け方)。咳が増えた。
※失神をする。咳が止まらない。呼吸が苦しそう。歯茎や舌の色が紫色。
→すぐに受診してください!
【この記事のトピック】
・僧帽弁閉鎖不全症(MMVD)は、血液の流れを保つための心臓内の弁に病的な変化が起きたことにより、血液の逆流が生じて徐々に循環血液量が低下し、心臓が拡大する疾患です。
・進行すると運動不耐性、咳の増加、呼吸困難を呈し、肺水腫などの緊急性の高い症状を引き起こすリスクが高まります。
・重症度に適した内科治療によって症状を軽減し、進行を遅らせます。
【僧帽弁閉鎖不全症(MMVD)とは?】
心臓から肺以外の臓器や組織に血液を送る循環を、体循環といいます。体循環を担うのは、左右に分かれている心臓のうち左側の左心房左心室です。この二つの部屋の間にあるのが、房室弁という血液を通す管であり、血液の逆流を防ぐための弁でもあります。左心側の房室弁には、僧帽弁という名称が付いています。
僧帽弁閉鎖不全症(MMVD)とは、僧帽弁が正常に閉じないため血液の一部が左心房に逆流してしまう疾患です。
本来心臓から送り出される血液の量が減り、逆流という形で心臓内に残るため、左心房が徐々に拡大します。すると弁の隙間も広がり、逆流量は徐々に増えていき、遂には左心室も拡大します。それに伴って循環血液量は減り続け、全身に届ける酸素の量も減って疲れやすくなります(運動不耐性)。そして左心系に滞った血液は、その手前にある肺に負担をかけて肺水腫を引き起こします(肺うっ血)。場合によっては、薄い膜状の筋肉でできている左心房が伸びきり、薄くなって破ける事もあります(左心房破裂)。
【診断の進め方(当院の場合)】
1.問診:元気や食欲、排泄の様子など、生活の様子とともに、運動不耐性、呼吸促拍、咳などの有無についてお聞きします。これらの症状がある場合は、いつ頃からみられるようになったかも伺います。
2.身体検査
①聴診:心雑音の有無を確かめ、重症度に合わせて6段階評価をします。心拍数を測定します。また、肺呼吸音に異常がないかも確かめます。
②視診:歯茎などの可視粘膜の色合い、呼吸の仕方をみます。
③触診:四肢がむくんでいないか、お腹に水が溜まっている感触がないか、首の静脈が太くなっていないかを確かめます。
3.血液検査。
一般血液検査(主に腎機能)と、心臓バイオマーカーの測定を行います。
4.レントゲン検査
心臓の大きさ、肺水腫の有無、腹水の有無などを確認します。
5,心エコー図検査
心臓の形、大きさ、動き、血液の流れなどを細かく確認します。
6。心電図検査(必要に応じて)
不整脈の有無を確認します。
【治療の選択肢】
1.内科療法:重症度に合わせ、内服薬を毎日投薬します。投薬により症状を緩和し、元気や食欲を改善します。また、病気の進行を遅らせることができます。
2。外科療法:弁形成術が、国内の限られた専門病院や大学病院で行われています。全身麻酔、人工心肺下で行います。施設や重症度によって異なりますが、高額な費用が必要となります。術後の死亡リスクも高めですが、手術が成功すると内服の投与量が減ったり、不要になったりする症例もいます。
【内科療法の治療方針】
■ 血管拡張薬:ACE阻害薬(アラセプリル、ベナゼプリルなど)
全身の血管を広げ、血圧を少し下げて弁逆流を減らしたり、心臓や血管といった循環器の組織を保護したりする効果があります。
■強心薬(ピモベンダン)
心臓拡大によって、収縮力が低下している心臓の筋肉の動きをサポートしてくれます(強心作用)。血管拡張作用や利尿作用による心臓の負担軽減作用もあるため、近年ではACVIMステージB2以降のMMVD第一選択薬として処方されることが増えています。
■利尿薬(フロセミド、トラセミド、スピロノラクトン)
僧帽弁の逆流が増えると徐々に心臓が拡大し、心臓の動きにも影響が出ます。循環血液量を減らすことで、心臓の拡大や血圧の上昇を抑え、心臓が動きやすくなるようにします。肺のうっ血も軽減します。腎臓の機能に影響を及ぼすことがあるため、定期的な血液検査によるモニターの必要があります。
■冠動脈拡張薬(硝酸イソソルビドなど)
心拡大が進むと、心臓自身に血液を供給する冠動脈の血流量が低下します。そのため心筋の動きが低下したり、不整脈を生じたりする原因になることがあります。冠動脈を拡張させることで血液の流れを保ち、心機能の低下を防ぎます。
【ご自宅でできること】
1.夜就寝中の呼吸数測定:呼吸数は、MMVDが進行するほど多くなります。夜は体をリラックスさせる副交感神経が強くはたらき、安定的に評価しやすくなるため夜に測定します。①30回以下/分…安心です。②30~40回/分…要注意。③40回以上/分…呼吸促拍、呼吸困難の可能性を疑います。早めに当院獣医師へご相談ください。
2.なるべく興奮させない。:急な興奮は心拍数や血圧の変化が大きいため、時に弁や弁を支える腱(腱索)を損傷するため、急変のリスクを伴います。緊張や興奮が持続するするイベントは手短にするか、頻度を少なめにしましょう(盆や正月の親戚の集まり、トリミングなど)。
3.塩分を控えた食生活:塩分を取りすぎると循環血液量の増加や,血管収縮システムを刺激して心臓への負担が悪化します。心臓用の療法食や、シニアフードなど、低Naに配慮した食生活を心掛けましょう。
4.適度な運動:軽めの散歩程度の運動は、心肺機能や全身の筋肉量の維持に有効です。
5.寒暖差:特に冬は体温を保つために体の末端の血管(末梢血管)が収縮するため心臓に負担がかかりやすくなります。常に快適に過ごせるようにエアコン等を有効に使いましょう。
【よくある質問FAQ】
Q なぜ僧帽弁閉鎖不全症を発症したのですか?
A 加齢による弁の変性や、それを生じやすい遺伝的背景(チワワ、マルチーズ、キャバリアなど好発犬種あり)が挙げられます。
Q あとどのくらい生きられますか?
A 治療開始時期や、その時の重症度にもよるので一概には言えません。早期発見で早い時期から治療介入をすることで重症化までの期間を延ばすことは可能です。肺水腫を経験するくらいに進行すると残りの予後は約1~1.5年ほどとなります。当院で治療開始から亡くなるまでの平均予後は約5~6年です。短期で重症化して2年で亡くなったケースもあれば長期の治療に耐えて平均的な犬の寿命を全うしたケースも数多くあります。
Q 進行を止めることはできますか?
A 内科治療では進行を遅らせることはできても止めることはできません。外科治療ならばリスクは高いですが成功すれば止めることが可能です。
Q ピモベンダンの錠剤の内服が苦手です。
A 当院での経験ですが、ピモベンダン錠を犬が嫌がって投薬に苦慮していると時々伺います。当院では近年上市された液体タイプのピモベンダン製剤も用意しています。価格は錠剤より少し割高ですが投与する飼い主様と犬双方の投薬ストレスを減らせるかもしれません。
Q 投薬は一生続くのですか?
A 内科治療では生涯にわたる投薬が必要です。進行した症例で投薬を止めると、症状が悪化して肺水腫や左心房破裂による突然死のリスクがあります。外科治療が成功した場合は内服を減らしたり、投薬そのものがなくなったりすることがあります。
Q 投薬の副作用はありますか?
A 一番の問題は利尿剤の使用による腎機能の低下です。定期的に腎機能を血液検査にてモニターしながら処方の妥当性を判断して継続します。腎臓のための点滴治療は、肺水腫リスクがあり十分にはできないため、利尿剤はなるべく必要最低限にします。
Q 最後はどのようになりますか?
A 肺水腫による呼吸困難・呼吸不全で亡くなったり、重度の心不全により尿毒症、不整脈による失神、悪液質など複数の要因によって衰弱して亡くなったりします。最後は少し苦しそうな時間帯があるかもしれません。